20年という区切りで子育てを振り返るいい機会が出来ました。
「お兄ちゃんなんだから!!」という言葉は、使ったことがありません。
褒める時にのみ「お兄ちゃんだからだね」と使った言葉だったのを思い出します。
我が家の決まり事
小さいころから、いけないことをして隠したら めちゃくちゃ怒りました!!
でも自己申告をした時は、話し合い・・・という流れを作ってきました。
「嘘や隠し事は絶対ダメ」と教えたかったんですね。
だからなのか、いまだになんでも話してくれます。

トイレ行ってくる~
まで教えてくれます(笑)
子育てに正解不正解はない
なるべくなんでも話してくれるようになってほしいと考えたmamaなりの策・・・
我が家では、よかったなと今は思っています。
楽しかった事・うれしかった事はもちろんですが、悲しい思いをした
嫌な思いをした、させてしまった・腹が立った・・・
そんなことも、話してくれてずいぶん早く手を打つことができたこともあったのは
間違いありません。
特に、自分が叱られるようなことは「隠す」傾向にあるのが一般的ではあるものの
話してくれた時は、叱らず慌てず、こう話すことも大切かなと個人的には思います。
よく話してくれたね✨じゃどうすればいいかな・・・と、一緒に考える時間を作る あなたの味方よ!オーラを全開に出していたと思います。
何をするにでも兄が優先!
叱るときは年齢の小さい順。
褒める時は年齢の長男から。
それは小学生の時までは必ずやってきたことです。
世のお兄ちゃんは、日々の生活の中で自然と我慢している事がたくさんあるという私の考えから
小学生の時までは必ずやってきた自論・・・ですね。
繊細な心の持ち主は少し損
1号くんは、長男ということもありとても優しくて繊細な心の持ち主です。
最初の子どもという事もあり世のpapa、mamaも多いのではないでしょうか?
- 手をかけすぎる
- 心配しすぎる
という、あるあるな光景
その時はもちろん分かるわけありません💦
小さいころから、喘息があり早朝深夜関係なく車で何度となく小児科へ通いました。
吸入や点滴、本当に胸が痛む場面が多々あり今でも忘れることはできません。
1号くんの喘息の原因は、計りきれないハウスダストアレルギーが一番。
天気を気にしながら、ハウスダストも日々気にして、発作との戦いもあり
ちょっと過保護に育てすぎたかな?と思う部分も
mamaとしてはあります。(これは、ちょっと反省)
喘息は小学校6年生まで続いたかな。
そんな甘やかし?もあり、繊細さがあだとなり、ちょっと元気なクラスメイトに
乱暴な言葉やちょっかいを出されたりすると、
自分で回避する方法が分からなかった。
学校を休む・・・と初めて言ったのが、小学4年生の頃。
理由を話してくれたので、私は仕事でやっぱり心配だったけど
登校拒否予備軍かな?
行きたくないっていう3日目の朝。
さすがに学校の先生に、事の流れを説明。
先生は教室の外まで迎えに来てくれました。
これはもう5年生にある直前の事。
それからは、数週間はがんばって休むことはなくなりました。
5年生・6年生でもたまに行きたくないという日はあったのは事実。
その時は、無理していかなくていいよ。
でも、宿題はちゃんとしておいてね!
mamaもフルタイム勤務だったので
「あと、時間があったらおうちのお手伝いもしておいてくれると助かるな~」と言って、
家を出る日が、よくありました。
学校に行かなかったときの対応
夕方、家に帰ると
掃除をしてくれている日があった
洗い物をしてくれる日があった
洗濯をしてくれていた日があった
もちろん、やらなくてはいけないことはちゃんとしてた。
きっと、学校に行かなかったことを悪いと思ってやってくれたんだろうな・・・と
mamaは学校を休んだことは特に責めず、家の手伝いをやってくれたことを盛大に褒めた(笑)
行かなかったのではなく、行けなかったんだもんね。
それでも、大好きな野球は6年間一生懸命頑張った!
休みのたびに野球があったから、学校も頑張って行けたといっても過言ではない。
そして中学も野球部に入ったけど、すぐ辞めちゃった・・・スポーツ系の顧問ってすっごい怒鳴るでしょ?
それに反抗期が一緒にやってきてしまった!
本当の登校拒否がやってきた
どうにもこうにも、自分の気持ちを抑えられず中学2年生から学校にあまり行かなくなった・・・
結局3年生はほとんど行かず、卒業。いわゆる引きこもり?というのか?
買い物とかは一緒に言ってたけど・・・学校だけは完全拒否!!
中学時代は、まぁすごかったよ。これが本物の反抗期か~
でも、大したことないな~ ←papaとmamaに比べると(笑)
大人と子どもの中途半端な精神状態・・・
2号とのけんかもひどかったし、壁に穴開けたしベッドは壊れるしね。
mamaが頭にきて、ごみ袋に洋服全部入れて捨てようとしたり
ゲーム機、ぶん投げたり(笑)
↑まだ使えるのよ、このゲーム機が・・・💡
でも、それは成長のあかし・・・と心で思いながら。果たして思えてたのか?は定かではないけど
mamaとのバトルは、よくあった。
それも今では笑い話・・・
ついにやってきた受験✐
そして中学の成績表は空欄が目立つ中、もちろん「内申」なんてなし。
高校は私学は一発勝負!公立にはなぜか好成績で合格。
4年で卒業出来たけど卒業したあの時
そう、2年前は新たな道も決まっていなかった。
進路はどうする?
進学するのか、就職するのか・・・
とりあえず、ニートになるなら家から出て自分で生活すること
とだけ伝えて3月後半。
papaは、自分で決めてくるよ。1号のことだからって言ってたけど
mamaは気が気じゃない!!性格的に、バタバタするのが嫌なのよっ!!
ところが、そんな気持ちをよそに突然「明日、面接行ってくるわ!」
と1号くん。
え!?何??バイトするの?
って感じだったけど「就職するわ、俺」と一言。
あっ、そうなんだね。papaの言う通り自分で探してたんだね。
まぁ、心配はしてなかったけど俺には学校の勉強は向いてない!とのことで💦
社会の勉強をすることにしたらしい。
自分で自分の道を決めるとしだからね!
そして、学校の勉強は向いてないという自論
自分のことが分かっていて、それも良し!
あっという間に就職
それからスーツを新調して、靴やらなんやら
準備して・・・あっという間に4月1日入社(笑)
何?このドタバタ劇は・・・
そんなことが色々あった、1号くんが
先日、支店の責任者に抜擢された異例の事態!
報告を受けたpapaとmamaは
「その会社、大丈夫ですか?」と思わず真剣に聞きました(笑)
でも、あなたのストイックさや仕事っぷりをかってくれたのだから
それにこたえるように、日々スキルアップを心がけてくださいと
お祝い🌸の言葉を伝えました。
相変わらず、仕事の愚痴はありますが、その愚痴る時間が遅いのだけは
何とかしてもらえないでしょうか?(笑)
もう、帰宅後はおっさんの仲間入りにしか見えません・・・
papaとmamaはいつでもあなたの完全な味方だよ
と、小さいころから見せてきたつもり。
それは、一生変わらない。
だから、これからも色んな困難が待ち受けていると思うけど
立ち向かえよ!!息子っ!!
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